「長ーいお付き合い?」 長の字のデザイン違い

こんばんは。かんりです。今週は作業が進みそうで嬉しいです。
後追い更新が続いていますが、追って埋めていきますので。。

 さて今日の話題は、「長」の字のデザイン違いについてのお話です。国鉄スミ丸書体で作られた方向幕デザインは、まさに津々浦々まで同じデザインが踏襲され、これほど面白い世界はないというほどなのですが、そんな中でも頻出かつ全国に散らばっているものの一つが、この「長」の字。その中でも最も用いられる例が多く、息の長いタイプのデザインからご紹介しましょう。いずれも地域は変われど文字は同じ、新しいものから古いものまで、長々と使われている文字です。

 まずは「長万部」、北海道は渡島(おしま)半島の付け根付近になる駅ですね、北海道山越郡長万部町。

 

長万部

長万部

 次に「長岡」、日本で一番長い川である信濃川の中流付近、新潟県長岡市。

 

長岡

長岡

 「長野原」は現在の「長野原草津口」で1991年(平成3)に名称変更したそうです。群馬県吾妻郡長野原町。

 

長野原

長野原

 続いて、「長山」は鉄道趣味家御用達の飯田線の駅です。南は豊橋から、これより北の新城までは列車の本数も多いとか。愛知県豊川市。

 

長山

長山

 さらに「長尾」は大阪府枚方市の東部、京都との県境付近にある駅です。一駅東へいくと京都府京田辺市の松井山手。

 

長尾

長尾

 どんどん西へ行きます。続くは「長船」、岡山県の旧長船町、現在は岡山県瀬戸内市。刀鍛治で有名ですね。

 

長船

長船

 そして遂に九州は「長崎」もう紹介するまでもない有名な県庁所在地、長崎県長崎市の中心駅。寝台特急さくら、あかつき、の終着駅です。古く鎖国時代は海外に開かれた唯一の窓口だった港、世界歴史にも著名な長崎です。

 

長崎

長崎

いろいろな駅をご紹介しましたが、ご覧下さい、すべて同じ版の「長」を使っています。これだけ広い地域のもので同じ漢字のスタイルを使い続けていたというのがまた面白いわけですが、この「長」の一番最初のものはどれなのだろうと、疑問もでてきます。こちらで収集した資料を見る限りの憶測ですが、たぶんこの14系客車の「長野」が元ではないかと思います。

 

長野行(旧来の行付表示)

長野行(旧来の行付表示)

 一方で、異端とまでは言い切れないものの、風格の違う「長」も一部で細々と使われています。まずは「長浜」。主流タイプと異なるのは7画目の点で、僅かにカーブを描いています。関係ないですが、同じ滋賀県でも長浜城は秀吉ゆかりの観光人気スポットで「ひこにゃん」はいません、ひこにゃんがいるのは彦根城ですから最寄駅は彦根です。東海道山陽線のエースである新快速の東の終着駅としても有名ですが、現在はさらに一部北上して「敦賀」まで運転されています。このページをご覧の方は殆どが鉄道に造詣の深い方ばかりだと思うので、そんなの当たり前とご指摘を頂きかねないですね。

 

長浜

長浜

 次は「長野」。この長野は信州地域の115系のもの。大変面白いのが、こちらもやはり7画目の点に特徴があり、中央の横棒に接しないデザインになっています。また、後日また詳しくやりたいですが「野」のデザインも、前述の「長野原」とは異なっていることがお分かりになりますか。

長野

長野

 この長は単独で存在する異端文字なのかと疑って調べていましたら、実は同じものが出てきました。

 

長門本山

長門本山

長門本山の「長」はまさしくこの文字でしょう。同じ幕のなかに小野田があり、この「野」も前述のものと同じことから、どうやらこのあたりから使いまわされたのか、その逆か。何かしらの関係があると見えます。

小野田

小野田

というわけで話は「長」くなりましたが、今日の話題はこれまで。たった1文字でも、それが違うのであれば理由を探してしまうのもサインフリークの性、なぜだろう?おもしろいなと感じてしまったら、そこがサインフリークへの入り口です。それではまた。

「長ーいお付き合い?」 長の字のデザイン違い” への2件のコメント

  1. 辻本様、こんにちは。
    少々特殊な長野の字体、小野田・長門本山にも存在したのですね。
    私も先日長野総合車両センターの115系でこの長野を見る機会があり何故他の車両の長野や上野、長岡などと字体が違うのだろうと気になっていました。
    ところでこの「野」はその後大宮総合車両センターの185系や新潟車両センターの485系でも使用されていました。
    特に前者は長野原の「野」と小野田の「野」の両方が混在しておりいったい現場ではどのような過程でこの2つの「野」を使うようになったのか、気になるところです。

  2. にゆうていさん、こんばんは。文字単位でいろいろなデザインが混在している面白さは何とも言えない国鉄方向幕の愛嬌ですね。長野原の「野」については、12系客車の「行」入り方向幕の図面(これは黒岩先生作図)が初出と思われます。そのため全国各地の野のつく行き先に流用・また再定義時も模写されているようです。小野田の「野」については、103系「広野」115系「瀬野」「大野浦」他「小野田」そしてご指摘の特急車両用幕の「長野」に見ることが出来ます。わたしは、小野田の「野」は、瀬戸内地区115系用の版が新製されたタイミング(大野浦)が初出ではないかと思っているのですが、色々探してはいるものの、この瀬戸内幕の図面にあたることができていません。これを見つけることが出来れば、流用で元があるのか新規だったのかが分かるだろうと考えています。

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