「蘇我」の字に見る、国鉄合理化と民営化の影

こんにちは、かんりです。

 幕専は対応データがかなり多いので、まずは既出漢字のアウトラインを先に配置して、すべて終えてから未作成の漢字アウトラインを一気に作ることにしました。効率よくできるようにトレース目標も同時に配置していっています。

 いくつかのデザイン違いが存在する中で、企画データはそのうちの1つだけが投入されるイメージなので、どのデザインで投入するかは全て裁量でやっています。たぶん、本物ではなかった組み合わせも、止むを得ず投入することがあると思うので、その辺りはご理解をお願いしたいと思います。少なくともNゲージのシールレベルで一般用途で違和感のあるようなものは出ないと思いますし、本物として再利用される機会がもしあれば、幕専を使った方が全体的にしっくりくる、統一されて見えるような方向でやっています。
 いつかLEDの超小型化や、LCDのような表示の低価格・高耐久の実用化が進めば、アウトラインベースで綺麗な表示が出来るようになり、その頃には「なつかしの方向幕」みたいな感じで利用していただく機会があるかもしれません。

 さて今日の話題ですが、続けてデザイン違い関連の小話で進めて行きたいと思います。今日の話題は「我」の字について。

「我」という字がつく駅名といえば、おなじみの駅名がふたつ思い浮かぶところです、常磐線の「我孫子」と京葉線の「蘇我」です。全国津々浦々的な意味から考えても、この至近距離、おなじ103系をメインとしていたという性格からしても、同じ版であって当然だと思われるのですが、実際はなんと文字が違います。

 

常磐線103系 我孫子

常磐線103系 我孫子

京葉線 「蘇我」

京葉線 「蘇我」

 上が常磐線の我孫子、下が京葉線の蘇我です。側面方向幕の文字デザインとして正統に見えるのは上の常磐線「我孫子」でしょう。なぜかというと、京葉線の「蘇我」の字は明らかに上下に圧縮した形跡が見て取れるからです。しかし一般的な側面の文字配置、2文字駅名の漢字幅、共通のアルファベット文字などに見られるように、体裁だけは今まで同様のレイアウトを踏襲して作ってあるので、大きな違和感は感じさせないように出来ています。

 そこでまた謎が生まれます。なぜ圧縮しなければならなかったのか。たとえば他の駅名、「勝浦」「成東」などを見ると共通図面ベースの文字できっちり作ってあります。極めて不恰好な「新習志野」と対比しても、その素性に何かしらの違いがあることだけは、そのレタリングを見ただけで憶測に足るというものです。

 

京葉線 「勝浦」

京葉線 「勝浦」

京葉線 「成東」

京葉線 「成東」

京葉線 「新習志野」

京葉線 「新習志野」

 実はこれは京葉線の成り立ちに関連した深い理由があったようです。
 そもそも京葉線は「東京←→蘇我」間でいきなり華々しくデビューしたわけではなく、蘇我と東京を結ぶ前に部分開業をしているのです。その中で京葉線としての「蘇我」駅が登場したのは1988年(昭和63年)、民営化の翌年の冬です。列車には103系電車が使われ、当然ながら合理化の政治判断の最後のナタが振るわれた翌年ですから、新型車両で華麗に走り始めたのではなく、その車両も他線区のお古であったことは容易に想像がつきます。
 蘇我駅は元々内房線・外房線の駅として存在しています。しかしながら、内房線も外房線も運行の要となっている駅は千葉駅であって、内房と外房の追分的な駅でありながら、113系の方向幕にはその駅名の設定がありませんでした。当然といえば当然でしょう、あと2駅西へ行けば千葉なのですから。

 そういう訳で、京葉線に投入された103系電車ですが、他線区といっても関東E電区間といえば有名な「首都圏幕」で統一された電車が殆どです。京葉線の電車にも例外なくこの首都圏幕を装備して投入されたようですが、合理化の流れの中、方向幕だけはきっちり用意してもらったようで、首都圏幕の18コマ目以下の一部分だけを書き換えることで京葉線内の表示の対応がなされています。しかしこの時追加されたコマはいわゆる矢印幕で、開業当初必要になった区間のみが投入されました。蘇我←→西船橋、千葉みなと←→新習志野などです。千葉みなと駅は部分開業における終着駅としての位置づけで後年の幕にもその名を見ることが出来ます。さらに京葉線は1990年(平成2年)に東京←→蘇我の全通を果たし、矢印幕には東京発着分が追加されました。
 かなり前置きが長くなりましたが、これが京葉線の成り立ちの流れと、それが方向幕の文字として最初に「蘇我」の字が現れたのは矢印幕であったという前振り的なストーリーです。蘇我の駅名が方向幕に投入されたのは矢印であったというところ、この部分が重要な意味を持ちます。

 

京葉線の矢印「蘇我」

京葉線の矢印「蘇我」

 話をさらに進めましょう。開業から10年以上を経過し、ついに2002年(平成14年)に愛称のある快速運転が開始されます。この時、方向幕も全般的に新製の京葉線オリジナルの種別(マリンドリーム)を追加したものに改められたようです。
 この快速種別の追加という段において、漢字の版に困ったことが起きたものと思われます。すなわち今までは矢印だけだった「蘇我」の(海山反転が必要であるが、単純に入れ替えればよいので漢字の大きさは変わらない)ところに、種別あり+種別なしという2種類の表現が必要になってきてしまった。少なくとも「東京」については首都圏幕で種別ありなし共にありますし、その他の駅についても概ね、頻出の漢字が揃っているか、版に困らないところが多かったと見えますが、「蘇我」はありません。113系にも無いのです。
 常磐線には「我孫子」があります。しかしこれは3文字です。この場合前面幕の種別なしと側面幕の種別なしは転用可能ですが、種別ありの版がありません(常磐線の我孫子行きに種別表記は無かった)。広域の優等列車にも、千葉の東に2駅の蘇我行きという中途半端な設定はありえませんから当然版も存在しません。ましてや「蘇」の字は幕としては未出ですから、恐らく手っ取り早く転用可能なものが手元に無かったのですね。

 白羽の矢は、それまでの矢印幕に立つことになります。矢印幕の「蘇我」は便利なことに103系の前面幕の種別ありサイズの漢字にすぐ転用可能なサイズでした。ここからは私の想像の世界なので内容は保証できませんが、推測で書いてみます。

 まず、前面幕のマリンドリーム「蘇我」のコマが、矢印幕の漢字部分をお手本にして、極めて似た字体で完成します。トレースに近い程に似ていますから、図面は同じで版を別個で作ったのでと感じます。

 

種別あり前面 「蘇我」

種別あり前面 「蘇我」

 次いで種別なしの前面幕の蘇我、これには前述の常磐線「我孫子」の我が転用可能です。そこで「我」の字だけを転用し、「蘇」の字は、さきほどのマリンドリームの「蘇」の字を引き伸ばして対応します。

 

常磐線の我孫子から「我」の字を拝借

常磐線の我孫子から「我」の字を拝借

種別なし前面 「蘇我」 我の字に注目

種別なし前面 「蘇我」 我の字に注目

 次に側面ですが、側面の場合は前面と違い、2文字駅は種別ありと種別なしで同じ漢字の版を使用します。余白が詰まるだけです。こちらも常磐線の我孫子から「我」を転用可能ですが、結局「蘇」は手当てする必要があります。そこでマリンドリームの「蘇我」の字を、2文字ごと縦方向に圧縮し、側面2文字駅漢字と同じ縦横比としたものを作ったのでしょう。同じ条件でレタリングされた2文字だったので、圧縮しても大きな違和感を生むことはなく、無難に落ち着きました。側面のマリンドリームには同じ漢字を詰めて使用、なんとこれで前面2種、側面2種のデザインが出来てしまいました。

 

前面幕種別なしの版をトレースし圧縮してみた図

前面幕種別なしの版をトレースし圧縮してみた図

種別なし側面「蘇我」

種別なし側面「蘇我」

種別あり側面「蘇我」

種別あり側面「蘇我」

 ただしそこにあるのは「やっつけ」の精神であって、新規に1から起こそうという空気は無かったのです。国鉄が解体されて10年以上が経過していました。車両設計事務所の厳密な表記文字設計は見る影も無く、ありあわせのものをやっつけで利用するという、合理化の成れの果てがそこにあったと言うべきでしょうか。決して非難ではなく、政治・資本といったデザインの本質とはかけ離れた部分の大きな波によって、なるべくしてなったということだと思います。
 なぜ蘇我の側面幕は縦に圧縮されていたのか。それは矢印幕の漢字を元に、前面幕の版を使用したから、というのが答えのようです。実は同じような理由から同じ時期にやっつけられた駅名版下として「海浜幕張」と「新習志野」があります。これらの紹介はまた日をあらためてということにしたいと思いますが、新習志野の不恰好については一筆必要だろうとさえ思っています。

 鉄道趣味家の皆さんにとっては、方向幕もたぶん「103系」や「201系」というような車両形式単位で少なからず把握をされていると思います。あれは豊田電車区の付属編成の201系だから何と何が入ってるとか・・・、わたしのようなサインフリークになると、形式はそっちのけで文字1文字単位で執着していたります。鉄道趣味家の皆さんからは果たしてどう見えるのか。たかだか「蘇我」の二文字に、なぜこんな長文になるのかとか・・・はたまた鉄道もサインも興味のない方から見て、どれだけ異様に映っているのか、中々気になるところではあります(笑)。

 というわけで、資料幕だけを拠り所にしながら書いた妄想話ですので、もし「真相は違うぞ」といったご指摘や、誤りなどがあればご連絡いただきたく、宜しくお願いいたします。今回ご紹介した蘇我の側面の版は、古河さんの意向もあって、幕専の「首都圏標準データ」に忠実に新規アウトラインを起こした上で投入されています。関東中電企画データには、我孫子の「我」で投入していますので、オリジナルに近い表記は首都圏標準データに当たってください。