サインとか上手とか下手とか・・・

かんりです、こんばんは。

 今日の話題はバス幕その他になります。鉄道方向幕の収録内容が広域であるのに対して、バス幕の収録範囲は極めて局地的で、現地の人しか分からない表記もたくさんあるようです。そのため、廃品部品のコレクター価格は鉄道方向幕よりも若干低くなる傾向にあるそうです。なるほど確かに90コマ以上のものでも5000円に達しない場合があります。これはとても助かります。単に文字だけを集めている人間にとって幕そのものはどうでもよく、欲しいのは文字ですから、コマが多いほど良いですし、文字が多いほど良いのです。

 一方でサインフリークとして、この「表記・デザイン」を見るのはとても楽しみです。デザイナーが下心を出していないのが分かるサインほど秀逸に見えます。わたしはサインにカッコイイは不要だと考えています。流行はいずれ時代遅れとなりますが、その世俗の風にとらわれないサインこそ本当のサインだと思います。
 商業ではいい例があります、ペプシコーラとコカコーラのロゴです。ペプシが時代に合わせたデザインを追い続ける一方、コカコーラのロゴは全く変わっていない。何を言いたいかというと、時代や流行を必要以上に意識する(下心を出す)と、そのデザインは長く続かないということ。時には変わる必要があっても、できれば変わらぬ方が良い、こう言うとデザイナーさんの仕事がなくなりますけどね。ただその程度のデザイナーなど不要なわけです。変わる必要がないものを作るのも大変ですが、その真髄はすでに歴史が証明しています。これはわたしは、機能美を追求すれば良いということだと思っています。
 「必要最低限を必要最大限に入れる」何と言えばいいのか、表記と機能美、その原点としてわたしが挙げたいのは「伊能図」です。社会科の授業では、日本最初の全国測量地図だか何だかという紹介でさらっと流されますが、日本の「表記」に関する文献の中で機能美の聖典と言える物は、わたしはこれだと思っています。今この2009年、デジタルとユビキタスの時代にあっても、200年近く前に生まれたこの伊能図は誰が見てもその内容も目的も瞬時に把握することができますし、その精度の高さは本来用途として100%の出来であることはもちろん、絵図の完成度の高さは饒舌に尽くし難い。まさしく聖典と呼ぶにふさわしいと思います。
 欧米風にふかれた自称デザイナーが溢れかえっているこの日本ですが、変わらずとも良いもの、日本という由緒正しき歴史を誇る国にとって、これが置き去りにされることは非常に危機的だと言えると思います。伊能図(正式には大日本沿海輿地全図と呼ばれるそうです)がどれだけ長い期間にわたって実用されたか、そのエピソードは大変面白いです。是非調べてみてください。

 さて、話が脱線しましたが本編にまいりましょう。作業で色々と撮影していて、えっ?と思ったコマを紹介したいと思います。画像は本文下の画像リンクからご確認ください。まずは京阪宇治交通という会社の方向幕から1コマ。その停留所名に思わず笑みがこぼれますね、「上手」「下手」現地の人間でなければ、文字そのままに読んでしまいそうです。ヘタがジョウズになるのはいいですが、ジョウズがヘタに退行するのは避けたいものです。まぁたぶん「かみて」「しもて」の意味なのでしょうが、これだけ見ても何の上手下手なのかさっぱりです。
 表記も面白いですね、単なる番号のみで路線を表記していますが、これは関西では良く見かけます。東京では「渋01」のように前に発着ターミナルの頭文字が入ったりするのが一般的ですね。発着地が上に書かれているのも面白いと言えます、ぐるっとコの字を描いているのですね。そして矢印がありません。こうすれば上下線を1コマで表現できるということでしょうか。何とか全路線を100コマ以内に収録するのだという努力を感じるようです。

 次も同じく京阪宇治交通の1コマですが、これがまた漠然と「故障」真っ赤な地に白の文字で強く故障をアピールしています。こんにちであれば、SOSを入れているでしょうか。方向幕以外が故障すれば走れない可能性もありますし、方向幕が壊れていたら「故障」を表示できないかもしれないという、極めてシビアな条件のもと運用されたものでしょうか。またはレッカー牽引中の表示であるとか。
 100コマ程度ある営業コマ、非営業コマを含めても、色の付いたコマはこの「故障」ただひとつだけ。回送も2値色だったので、かなり重要なコマなのかもしれませんね。

 京阪宇治交通の方向幕、とにかく長かったのですが書体の混在が無かった、これが一番嬉しいところです。取りとめの無い話ばかりですみません。それではまた。

京阪宇治交通1

京阪宇治交通1

京阪宇治交通2

京阪宇治交通2