誉田「小太りですか? 痩せ気味ですか?」

こんばんは、かんりです。
いよいよ関東中電2データでは総武房総各線が入ってきます。非常に悩みどころの多いコマが目白押しです。

 かなり早い時期から総武房総各線の113系電車は側面方向幕を装備していたと思われ、客車列車や485系などに見られる「行の字」が入ったデザインのものがあります。先日の話題にあった185系あっての115系と異なり、オリジナルとなる版が広域特急を除いて線区内では一番最初に作られたということになりそうですね。

 なぜ東海道本線の113系の電車幕と、総武線の113系の電車幕に違いがあるのかは常々不思議には思っていました。いろいろ調べていくとどうも東海道本線の113系は、先日の高崎東北線の115系の例ように185系がまず側面表示機を装備したものと思われます。線区密着の普通列車表示(種別なし駅名のみ)は185系の特徴です。185系竣工の時点で、東海道線の普通電車表示は「東京」「品川」「藤沢」「平塚」「国府津」「小田原」「熱海」「伊東」「伊豆急下田」「修善寺」「沼津」「静岡」「島田」「浜松」といったところが既に完成していたのでしょう。そのため113系についてはそれを流用するだけで事足りたのだと言えます。いずれも急行型電車の新規設計の一環であり、非常に力の入った作業だったと思われ、文字も秀逸です。

 一方の総武線方向幕は、113系がオリジナルであり、文字もそれ用に新規に起こされています。ただし一部には使いまわしではないかと見られる駅名もあります。しかし総じてその品質は「悪い」と言わざるを得ません。東海道線用の同じ行き先である「小田原」や「平塚」のコマを見ても、明らかに総武線側のデザインは劣っている印象しかありません。
 行の字が付く方向幕の時代の印刷機材というのは、当然昭和後期のものより品質に劣るのだと思います。これは実際に現物を見て思ったことですが、明らかにニジミが強いのです。当初「行の字」の入ったデザインで総武線の113系の方向幕が作られたようですから、この当時の品質のままの文字を、後に「行の字」の無いものを作っていくようになった過程でも模写なり再利用なりをしていったことによって、品質が向上することなく現在に至ったのではないかと思います。特にニジミというか謎の丸みが随所に見られるのが特徴で、コピーした用紙をまたコピーしたような、変な焼き増し感があります。

 そういうわけで、113系の総武線の方向幕にある文字は異端扱いしていくことが多いです。たとえば「大原」、ひどいの一言に尽きます。「熱海」は185系の「熱海」とは大きく違い、イビツです。「成田空港」これはまた後年付け足されたものでしょうが、しかしひどい。
 これらを最初に作って、その改良として185系などに応用されたのか、それとも全く関係なく進めたのかは分かりません。何故ただの近郊用普通電車のために線区オリジナルで1からデザインを起こし、他と相容れない内容で作り上げていったのか。秀逸な首都圏幕ではなく、総武異端幕が2009年になっても残っていったということが寂しいです。

 

総武線幕 大原

総武線幕 大原

総武線幕 熱海

総武線幕 熱海

総武線幕 成田空港

総武線幕 成田空港

 先日の京葉線のコマの経緯とか推論とかを書いたのですが、実は今回の話にも少し関係してきます。今日の話題の一番のヤマとして、この例を紹介したいと思います。

総武線幕 誉田

総武線幕 誉田

京葉線幕 誉田

京葉線幕 誉田

 さて画像をご覧いただきましょう。上が総武異端幕の誉田、下が京葉線の誉田です。何ともいえない字形の2コマですが、どちらの文字もこの地区にこの線区の電車限定でしか出てこない文字です。つまり両方とも異端文字なのです。京葉線の文字の選定には、図面ベースとは異なった例外があるのではということで圧縮説を書いたのですが、そういった方針の中、この痩せぎすの「誉」が生まれたのでしょうか。対する総武線の幕も昭和発祥でありながら異端文字にあふれるという状況で、どっちをとればいいのかと悩むこと限りなしです。
 大変困るというか悩ましいのが、他の特急電車の文字デザインなどと比べて「品格がない」と感じることです。これは恐らくですが文字を書いた人間が違うのだという理由があってのことだと思うのですが。どちらの文字も引き伸ばしをして位置と縮尺だけ決めたのような雰囲気です。文字のレタリングの傾向として、他の幕のコマに同じような文字の処理が見て取れれば異端と扱うこともないのですが、この場合両方共に異端を多く含む幕の中にあって1文字1例、他の共通図面の文字とも点の処理などに共通点を見出せないなど、気軽に選ぶにはためらいを覚えるわけです。

  国鉄方向幕書体の開発でも、この2文字どちらを元にするかという悩みがあって、最終的には総武異端幕の方を採用したのですが、今回の幕専でもやはり同じ悩みに陥るだろうと思います。特にデザイン違いが入らない企画データですから、1デザインのみです。もしかすると、どちらも使わずにまた合成ということもやってしまうかもしれません・・・。

 ちなみに、現在の総武線の113系(厳密には内房線外房線の方にいるようですが)の幕でも、なぜか近年登場した電動の前面幕では、異端文字を徹底的に排除して、新たに版を起こしているようなのです。その内容を一部紹介しましょう。「四街道」「佐貫町」「成田空港」「大原」こういった、文字デザインのネジが数本ぶっ飛んでいたコマについて、綺麗に共通図面ライクな文字に差し替えられています。成田空港の緑コマの元になったのは、恐らく「千歳空港」です。千歳空港のローマ字がCHITOSEKUKOだったせいで、成田空港もNARITAKUKOとしてしまったのでしょう、実は側面はNARITA AIRPORTなんですね。わたしはこの色の付いた前面幕の版の方向性については強い支持の念を抱く訳ですが、しかし逆に謎もでます。なぜなのか、なぜそこまでして異端文字を排除したのか。実際、側面は改善されることなくそのままであり、側面と合わせて一気に改善するという意味ではなさそうです。新規に起こす理由が何だったのかが分かりません。
 方向幕デザインに何か特別な思い入れのある人が、わざわざ既存側面幕のデザインを精査し取捨選択したのではないかと疑わざるを得ません。何かしらの深い意図があったと、働きかけがあったのではないかと、わたしはそう思います。ただ、逆の発想もできるかもしれません、本来図面にこれらの文字がなかったことで、印刷業者が適当に作った。10年以上の歳月を経て、新たな前面用の版を作ろうとしたがどうしても図面が見つからない(元々ないのだから当然である)、そこで新規に作った、という説もありかもしれません。まぁ今となってはこれも、神のみぞ知る世界に近いです。
 ちなみに先の例で上げた「誉」の字、この電動幕では京葉線タイプが用いられています。

(上)前面電動幕 (下)側面幕

(上)前面電動幕 (下)側面幕

(上)前面電動幕 (下)側面幕

(上)前面電動幕 (下)側面幕

(上)前面電動幕 (下)側面幕

(上)前面電動幕 (下)側面幕

(上)前面電動幕 (下)側面幕

(上)前面電動幕 (下)側面幕

緑の成田空港と、この空港の字に注目

緑の成田空港と、この空港の字に注目

 実際の方向幕にはあるけれども、幕専としては一切入れていないデザイン、改良を施して原型を留めないデザインというのは存在します。一番頻出の例が「温泉」の2文字、これは2例ある温泉の字にわたしが納得できないので改善を施しています。また「美」の字もかなり異端率が高いですので改善をしています。「空港」の2文字も成田空港が異端文字だったこともあり使いまわしで九州まで飛び火してしまってますが、幕専では基本的に除外です。国鉄の方向幕の共通図面にある文字は、それ1文字を見ただけで品格と美しさ、そして統一された一体感を感じるレベルのものが殆どであり、その品質を著しく損なっている物は除外するか改善補正するしかないと思っています。異端文字の殆どが、後で付け足されたか初版とは書いた人間が違う、そういった大人の事情でこうなっているのだろうと思われますので、そういったホコロビをいかに見つけて、うまく手当てしていくかが「幕専」の開発で肝になるだろうと思います。

幕専では、この温泉の字はボツ扱いとなっている

幕専では、この温泉の字はボツ扱いとなっている

「美」なのに美しくない

「美」なのに美しくない

宮崎は寝台特急の版から、空港は側面の成田空港から、もう無茶苦茶である

宮崎は寝台特急の版から、空港は側面の成田空港から、もう無茶苦茶である

 単にカトペのコピペで済まない、そんな幕専ですが、わたしがなぜこのコマにこの文字を選んだのか、そういったところまでフリークな方には楽しんでいただけるように作っているつもりです。今回分のデータは大変多く、一挙リリースのためにお待たせしていますが、是非そういう意味で「文字」にフォーカスを当てて楽しめるものになればいいなと思います。

高崎東北線に見る、デザイン違いの数々

こんばんは、かんりです。

 幕専開発では、既出漢字の配置とトレース目標の設置を進めていますが、現在のところ中電1が終わって中電2を進めています。

 丁度、関東中電1が常磐線+高崎東北線だったのですが、よーく見ると謎のデザインとなっているコマがいくつかあります。面白いといえば面白いのですが、どうしても「何故なのか」というところが気になってしまい、色々調べるうちに時間を消耗してしまうという、ある種トラップ的な存在になりつつあって困ります。
 企画データでは1駅名1デザインで投入していくことは常々ご説明申し上げている次第なのですが、ここでデザイン違いが出てくると、どれを入れるのかということで、そこでも頭を悩ませる次第です。

 115系電車は元々登場当初は側面方向幕がなく、そのため、方向幕が実装されたのは登場からかなり経過してからの実装であったということです。工事は冷房改造の前後期で並行して進められた様子です(準備だけで実際には設置しないという例もあったとか)。こういった例は、113系にも見られたようです。今でこそ電車=冷房車のイメージですが、昭和50年代でもまだ非冷房車は全国各地にいました。それこそ私鉄・国鉄問わずです。こういった冷房化+行先表示機の設置という例は、例えば私鉄では南海電鉄の6000系にも見られますし、広く一般的な流れだったのだと思います。

 とりあえずそういうわけで、本格的に古い車両であっても方向幕が設置されたのは、昭和後期ごろになってくるようです。高崎東北線は、50年代でも上野駅でサボ交換作業がされていたということ、211系が登場したのが昭和60年代ですから、この線区で最初に(普通電車としての)方向幕が登場したのは185系という急行形車両ということになるようです。局地的な線区に張り付くという点で、広域で活躍する客車列車や485系などとは趣が異なります。

 185系は、特急踊り子で有名な車両です。この車両は普通列車としてもよく運転される性格があり、方向幕にも普通列車単独の行き先が収録されています。この版は、後続の115系や211系の方向幕にもかなりの影響を与えたと見えます。

 草津がまだ急行であったころの185系方向幕に、種別ありタイプの新前橋と高崎を見ることが出来ます。

185系新前橋

185系新前橋

185系高崎

185系高崎

 この新前橋の版は、後の快速アーバンに使いまわされています。高崎については、同時期に最初の開業を迎えた東北新幹線にも同じ版を見ることができます。この新前橋ですが、種別なしタイプのものと種別ありタイプのもので「橋」のデザインに大きな差がでます。共通的に作ったのであればこういったことは起こりえないはずです。そこでいろいろ調べていると、荷物電車の方向幕にある「新前橋」を横に圧縮すると、この種別ありタイプの新前橋と極めて一致の感があることが分かりました。どこかで共通的に使いまわしている印象を受けます。185系の前橋については、橋のデザインがまた異なり、非常に難解です。なぜこの2種類を混ぜるのか、理解に苦しみます。

 

快速アーバン新前橋

快速アーバン新前橋

荷物電車前面 新前橋

荷物電車前面 新前橋

高崎は新幹線でも同じ版をとる

高崎は新幹線でも同じ版をとる

 次に「小金井」です。種別無しタイプでは「小田原」の「小」が使いまわされています。このタイプの「小」の字は、かなり使われている例が多く、「小机」「南小谷」「小樽」「苫小牧」「小倉」「小淵沢」等にも見られます。金の字は「東金」の「金」ではなく、「金沢」の「金」です。「井」については14系客車「軽井沢」の「井」から持ってきたようです。色んなところからかき集めたといった印象です。

種別なし小金井

種別なし小金井

同じ金の字 金沢

同じ金の字 金沢

同じ井の字 軽井沢

同じ井の字 軽井沢

 種別ありタイプの小金井は、さらに面白いです。やっつけ極まりないと言えます。実はこれは首都圏幕の種別なしタイプ「武蔵小金井」のうち、武蔵を消したものなんです。比べてみてください。なぜ小金井の「小」の字がこういった形になるのか不思議だったのですが、武蔵小金井のコマを見て合点がいくというものです。

種別あり小金井

種別あり小金井

首都圏幕の武蔵小金井

首都圏幕の武蔵小金井

 そして極めつけの宇都宮です。何と種別ありタイプだけで3種類も存在します。しかもうち1つは異字体(俗字に近いもの?)です。のこる2つのうち、1つは185系急行幕からの転用でしょう、新特急なすの宇都宮のコマに面影を見ることが出来ます。そしてもうひとつは、前述の異字体の「宇」が入るタイプの、その「宇」を修正したもののようです。さすがにこの文字を見て、違和感を覚える人間がいたのだろうと思わせます。
 2番目のものと3番目のものは、強く混在の一途をたどります。通勤快速でも、2種類ありますし、極めつけとしては同じ幕1本の中で、コマによって共存していたりします。これはかなり滑稽です。理由は何でしょうか。これはもう製造を担当した企業の気まぐれか何かとしか思えないような世界です。

1.異字体の宇都宮 

1.異字体の宇都宮 

2.特急種別サイズの宇都宮

2.特急種別サイズの宇都宮

3.宇の字を修正したと思われる版

3.宇の字を修正したと思われる版

同じ通勤快速でもタイプ2のものもある

同じ通勤快速でもタイプ2のものもある

 とりあえず幕専の関東中電企画データとしては、3番目のものを投入します。2番目のものは、同じ企画データでリリース済みの東日本電車L特急のデータに入っています。俗字っぽい1番目の宇都宮については、どのデータにも現状入っていませんが、ミスプリントと扱っても良いくらいの表記なので、実装は今後もしない可能性があります。

 それぞれ個別に見ていると絶対気が付かないレベルの差異ですが、こうして実際に開発しながら資料に当たり、取捨選択しているとどんどん出てきます。鉄道趣味家の皆さんの中にも、「知らなかった」「自分の持っている方向幕はどっちだろう」とお考えになった方がいらっしゃるのではないかと思います。

 というわけで、今日の話題はここまでです。いろいろ悩ましい例が出てくるものと思いますが、わたしの感性と裁量でばっさり一刀両断にしていきたいと思いますので何卒ご理解のほど。ユーザ各位にとっていいものになるようがんばります。

西はあっちで東はこっち。「矢印幕」

かんりです、こんにちは。

 宿題がたまっているような感じです、1週間の後追いですが・・・。
文字に関する興味の開拓、そしてフォントに依存しすぎる現代デザイン・レタリングへの問いかけのためにも、1日1日がんばって行きたいと思います。

 さて今日の話題は、前日にも少しちらっと出ました、「矢印幕」について。矢印幕の呼び名は各所で異なりますが、ここでは単純に「矢印幕」と呼ぶことにします。

 いわゆる矢印幕の真髄は、起点と終点を表示し続けるという意味で、同じ運用であれば変更する必要がない、2つの行き先を1コマで完結できるという一石二鳥的な意味合いもありますが、やはり元々の由来としては「サボ」と呼ばれる行き先を表示した鉄板、これだろうと思います(私がサボを1つも持っていないため画像はありません・・・Googleなどで画像検索をオススメします)。末期にはプラスティックが使われ・・・いえ、この2009年にも未だ現役なところもあると思いますから、末期と呼ぶのは適切ではないかもしれないですね。
 サボといえば、鉄道部品収集家の世界では、蒸気機関車のナンバープレートや特急トレインマーク等と共に極めて高額で取引されるものがあり、1枚の鉄板が3千円程度から~果ては数十万円以上といった世界であり、すでに崇高かつ選ばれし者達の趣味の域に達しているといった具合のようです。
 それはともかく、鉄製で手作りかつ交換も手作業だったサボが、自動かつスイッチ動作で交換の手間いらずとなった「方向幕」に変わったことを見ても、機械面で見ればこれは自動化の流れの典型的な例だと思われるのですが、印刷面から見ても今まで手書き手作りだったものが写植版を用いた工業的大量生産となったこと、文字は図面の通り作られ、版として管理され、金太郎飴のように同じデザインを何度も使いまわるようになったわけで、極めて画期的だったと言えます。
 当初はサボのデザインを踏襲した矢印幕の表記でしたが、それもやがて矢印は限定的な運用、単純な支線区のピストン表記を除いて数を減らしていったという経緯があります。

 矢印幕のデザインも、さすが国鉄車両設計事務所です。全国津々浦々、これまた見事に統一されているばかりか、それぞれが独自のレタリングで文字を起こしています。現在のようにイラストレーターでマウスでピャッと伸縮したようなものじゃありません、ちゃんと1コマ1コマ、隅々までデザインが行き届いています。これは素晴らしい、秀逸の一言につきます。

 せっかくなので全国の矢印コマをいろいろとご紹介してみましょう。まずは北海道地域から、千歳空港←→札幌。新千歳空港も千歳空港も同じ空港です。旧来の表記のものになります。またここで2枚の写真に注目ください。どちらも同じ区間を指しているのに、表記があべこべになっていることに気が付かれましたか?。

北海道地区1

北海道地区1

北海道地区2

北海道地区2

 実は側面方向幕の巻取機は、車体左の側面と車体右側面それぞれに設置されています。同じデザインのものを取り付けた場合、どちらかの矢印の指す向きと列車が向かっていく先が逆になってしまいます。そのため、どちらも同じ行き先を同じ方向に示すように、左右が入れ替わったデザインのものを、それぞれ使用しているのです。これを私は個人的に「海山反転の原則」と呼んでいます。取り付けられる字幕は海側の幕、山側の幕と呼びます。そう呼ぶのは狭い日本、片方が海を向けば、片方が山を向くという表現が簡単なのでしょう。
 列車の編成というものは方向があり、そう簡単に西を向いていた先頭車が今日は東を向くというようなことはなく、大抵の場合「海」側の側面はずっと「海」側を向き続けるというもののようです(車の方向転換と違って、電車の方向転換の意味は大きいようです)。そのため海と山はあるがまま、同じ車窓はいつも同じ景色を映し、その側面の行き先はどちらか同じ字幕をずっと使い続けることになります。

  特急列車も、もともと昔は矢印でした。愛称と赤の矢印が特徴的です。サボ時代には、優等列車は文字が赤かったそうです。速達郵便に赤線を引くのと同じように、赤=早い、というイメージから来ているのでしょうか。登場当初の新幹線ひかり号も、最も速達だったものは文字まですべて赤色でした。

 

初期の485系矢印表記

初期の485系矢印表記

 特急列車の車両を使った普通列車になるとき、これが普通列車であることを示すために「普通」が併記されることがあります。地区によって普通の字が異なっていたりします。

 

常磐線

常磐線

山陰線1

山陰線1

山陰線2

山陰線2

 首都圏のE電区間には共通した字幕が使われていました。これらは首都圏幕と呼ばれ、地区によって一部改変はあるものの、どこであっても使えるようにという汎用性を持たせたつくりになっていたようです。支線も例に漏れず、長大編成の中央快速線の電車にも、南武支線のコマが入っていたりします。

 

E電の共通首都圏幕

E電の共通首都圏幕

 武蔵野線も快速運転と京葉線直通を果たすまでは線内折り返しの矢印がメインであったようです。

 

武蔵野線

武蔵野線

 飯田線にはいくつか区間運転があり、それぞれ矢印が見られます。武豊線や名松線の気動車にも矢印が見られます。距離が長い線区の区間運転、そして支線などの末梢区間、こういったところに矢印が見られるようです。

 

飯田線

飯田線

武豊線

武豊線

名松線

名松線

  関西地区には「ブルー」の快速表記が見られました。JR西日本となった現在では、ブルーは新快速の色ですね。下は快速と右側の行き先を消去してシールで補ったものでしょう。快速が消えたので矢印がヘンテコなところにあります。

 

奈良線快速

奈良線快速

桜井線

桜井線

 比較的最近の特急列車にも矢印が見られます。しかしこれらは運用区間の拡大と、巻取り機の最大コマ数の制約から、2個1化して作ったのではとも言われています。矢印のないものと比べると、赤い矢印からやじりを取ったものが「一文字線」になったような雰囲気にも見え、細かいところで体裁を共通にしている点が見られます。

 

特急雷鳥

特急雷鳥

一般的な特急表記

一般的な特急表記

 さて色々な矢印の側面幕をご覧頂きましたが、わたしが気になっているのは矢印の位置です。ものによって漢字の縦幅の中心に置くタイプと、表示域全体の縦幅の中心に置くタイプの2タイプがあります。異端としては前者+ローマ字にまで矢印があるものも見られますが、これはあくまで例外です。
 幕専では今後、矢印コマの実装が予定されていますが、「やじりは常に表示域の天地の中心を指す」ということでやって行きたいと思います。こうすると、首都圏幕にある南武支線の矢印は異端ということになりますが、全国を見てもやはり、やじりは中心を指している例が多いので、こちらを採用する予定です。

 矢印は汎用性に乏しいこと、海山反転の原則に縛られること、こういったデメリットがあり実用としてはやはり支線の折り返し運用など、常に表示し続ける例が最適だと思います。幕専としては専らお遊びデータとしての使い道になるでしょう。ただ、最近のご指摘では「臨時列車やイベント列車はシールで行き先を貼り付けるので、往路復路で使用できる矢印が主流である」ということもポイントとして上がっています。それぞれ理由があっての矢印ということでしょう。

 というわけで今日の話題は矢印でした。細かく見ていくと、矢印の先のやじりの処理にもいろいろあって面白いのですが、ここまで来ると深入りしすぎだと思うので今日はこの辺りにしておきます。それではまた。

「蘇我」の字に見る、国鉄合理化と民営化の影

こんにちは、かんりです。

 幕専は対応データがかなり多いので、まずは既出漢字のアウトラインを先に配置して、すべて終えてから未作成の漢字アウトラインを一気に作ることにしました。効率よくできるようにトレース目標も同時に配置していっています。

 いくつかのデザイン違いが存在する中で、企画データはそのうちの1つだけが投入されるイメージなので、どのデザインで投入するかは全て裁量でやっています。たぶん、本物ではなかった組み合わせも、止むを得ず投入することがあると思うので、その辺りはご理解をお願いしたいと思います。少なくともNゲージのシールレベルで一般用途で違和感のあるようなものは出ないと思いますし、本物として再利用される機会がもしあれば、幕専を使った方が全体的にしっくりくる、統一されて見えるような方向でやっています。
 いつかLEDの超小型化や、LCDのような表示の低価格・高耐久の実用化が進めば、アウトラインベースで綺麗な表示が出来るようになり、その頃には「なつかしの方向幕」みたいな感じで利用していただく機会があるかもしれません。

 さて今日の話題ですが、続けてデザイン違い関連の小話で進めて行きたいと思います。今日の話題は「我」の字について。

「我」という字がつく駅名といえば、おなじみの駅名がふたつ思い浮かぶところです、常磐線の「我孫子」と京葉線の「蘇我」です。全国津々浦々的な意味から考えても、この至近距離、おなじ103系をメインとしていたという性格からしても、同じ版であって当然だと思われるのですが、実際はなんと文字が違います。

 

常磐線103系 我孫子

常磐線103系 我孫子

京葉線 「蘇我」

京葉線 「蘇我」

 上が常磐線の我孫子、下が京葉線の蘇我です。側面方向幕の文字デザインとして正統に見えるのは上の常磐線「我孫子」でしょう。なぜかというと、京葉線の「蘇我」の字は明らかに上下に圧縮した形跡が見て取れるからです。しかし一般的な側面の文字配置、2文字駅名の漢字幅、共通のアルファベット文字などに見られるように、体裁だけは今まで同様のレイアウトを踏襲して作ってあるので、大きな違和感は感じさせないように出来ています。

 そこでまた謎が生まれます。なぜ圧縮しなければならなかったのか。たとえば他の駅名、「勝浦」「成東」などを見ると共通図面ベースの文字できっちり作ってあります。極めて不恰好な「新習志野」と対比しても、その素性に何かしらの違いがあることだけは、そのレタリングを見ただけで憶測に足るというものです。

 

京葉線 「勝浦」

京葉線 「勝浦」

京葉線 「成東」

京葉線 「成東」

京葉線 「新習志野」

京葉線 「新習志野」

 実はこれは京葉線の成り立ちに関連した深い理由があったようです。
 そもそも京葉線は「東京←→蘇我」間でいきなり華々しくデビューしたわけではなく、蘇我と東京を結ぶ前に部分開業をしているのです。その中で京葉線としての「蘇我」駅が登場したのは1988年(昭和63年)、民営化の翌年の冬です。列車には103系電車が使われ、当然ながら合理化の政治判断の最後のナタが振るわれた翌年ですから、新型車両で華麗に走り始めたのではなく、その車両も他線区のお古であったことは容易に想像がつきます。
 蘇我駅は元々内房線・外房線の駅として存在しています。しかしながら、内房線も外房線も運行の要となっている駅は千葉駅であって、内房と外房の追分的な駅でありながら、113系の方向幕にはその駅名の設定がありませんでした。当然といえば当然でしょう、あと2駅西へ行けば千葉なのですから。

 そういう訳で、京葉線に投入された103系電車ですが、他線区といっても関東E電区間といえば有名な「首都圏幕」で統一された電車が殆どです。京葉線の電車にも例外なくこの首都圏幕を装備して投入されたようですが、合理化の流れの中、方向幕だけはきっちり用意してもらったようで、首都圏幕の18コマ目以下の一部分だけを書き換えることで京葉線内の表示の対応がなされています。しかしこの時追加されたコマはいわゆる矢印幕で、開業当初必要になった区間のみが投入されました。蘇我←→西船橋、千葉みなと←→新習志野などです。千葉みなと駅は部分開業における終着駅としての位置づけで後年の幕にもその名を見ることが出来ます。さらに京葉線は1990年(平成2年)に東京←→蘇我の全通を果たし、矢印幕には東京発着分が追加されました。
 かなり前置きが長くなりましたが、これが京葉線の成り立ちの流れと、それが方向幕の文字として最初に「蘇我」の字が現れたのは矢印幕であったという前振り的なストーリーです。蘇我の駅名が方向幕に投入されたのは矢印であったというところ、この部分が重要な意味を持ちます。

 

京葉線の矢印「蘇我」

京葉線の矢印「蘇我」

 話をさらに進めましょう。開業から10年以上を経過し、ついに2002年(平成14年)に愛称のある快速運転が開始されます。この時、方向幕も全般的に新製の京葉線オリジナルの種別(マリンドリーム)を追加したものに改められたようです。
 この快速種別の追加という段において、漢字の版に困ったことが起きたものと思われます。すなわち今までは矢印だけだった「蘇我」の(海山反転が必要であるが、単純に入れ替えればよいので漢字の大きさは変わらない)ところに、種別あり+種別なしという2種類の表現が必要になってきてしまった。少なくとも「東京」については首都圏幕で種別ありなし共にありますし、その他の駅についても概ね、頻出の漢字が揃っているか、版に困らないところが多かったと見えますが、「蘇我」はありません。113系にも無いのです。
 常磐線には「我孫子」があります。しかしこれは3文字です。この場合前面幕の種別なしと側面幕の種別なしは転用可能ですが、種別ありの版がありません(常磐線の我孫子行きに種別表記は無かった)。広域の優等列車にも、千葉の東に2駅の蘇我行きという中途半端な設定はありえませんから当然版も存在しません。ましてや「蘇」の字は幕としては未出ですから、恐らく手っ取り早く転用可能なものが手元に無かったのですね。

 白羽の矢は、それまでの矢印幕に立つことになります。矢印幕の「蘇我」は便利なことに103系の前面幕の種別ありサイズの漢字にすぐ転用可能なサイズでした。ここからは私の想像の世界なので内容は保証できませんが、推測で書いてみます。

 まず、前面幕のマリンドリーム「蘇我」のコマが、矢印幕の漢字部分をお手本にして、極めて似た字体で完成します。トレースに近い程に似ていますから、図面は同じで版を別個で作ったのでと感じます。

 

種別あり前面 「蘇我」

種別あり前面 「蘇我」

 次いで種別なしの前面幕の蘇我、これには前述の常磐線「我孫子」の我が転用可能です。そこで「我」の字だけを転用し、「蘇」の字は、さきほどのマリンドリームの「蘇」の字を引き伸ばして対応します。

 

常磐線の我孫子から「我」の字を拝借

常磐線の我孫子から「我」の字を拝借

種別なし前面 「蘇我」 我の字に注目

種別なし前面 「蘇我」 我の字に注目

 次に側面ですが、側面の場合は前面と違い、2文字駅は種別ありと種別なしで同じ漢字の版を使用します。余白が詰まるだけです。こちらも常磐線の我孫子から「我」を転用可能ですが、結局「蘇」は手当てする必要があります。そこでマリンドリームの「蘇我」の字を、2文字ごと縦方向に圧縮し、側面2文字駅漢字と同じ縦横比としたものを作ったのでしょう。同じ条件でレタリングされた2文字だったので、圧縮しても大きな違和感を生むことはなく、無難に落ち着きました。側面のマリンドリームには同じ漢字を詰めて使用、なんとこれで前面2種、側面2種のデザインが出来てしまいました。

 

前面幕種別なしの版をトレースし圧縮してみた図

前面幕種別なしの版をトレースし圧縮してみた図

種別なし側面「蘇我」

種別なし側面「蘇我」

種別あり側面「蘇我」

種別あり側面「蘇我」

 ただしそこにあるのは「やっつけ」の精神であって、新規に1から起こそうという空気は無かったのです。国鉄が解体されて10年以上が経過していました。車両設計事務所の厳密な表記文字設計は見る影も無く、ありあわせのものをやっつけで利用するという、合理化の成れの果てがそこにあったと言うべきでしょうか。決して非難ではなく、政治・資本といったデザインの本質とはかけ離れた部分の大きな波によって、なるべくしてなったということだと思います。
 なぜ蘇我の側面幕は縦に圧縮されていたのか。それは矢印幕の漢字を元に、前面幕の版を使用したから、というのが答えのようです。実は同じような理由から同じ時期にやっつけられた駅名版下として「海浜幕張」と「新習志野」があります。これらの紹介はまた日をあらためてということにしたいと思いますが、新習志野の不恰好については一筆必要だろうとさえ思っています。

 鉄道趣味家の皆さんにとっては、方向幕もたぶん「103系」や「201系」というような車両形式単位で少なからず把握をされていると思います。あれは豊田電車区の付属編成の201系だから何と何が入ってるとか・・・、わたしのようなサインフリークになると、形式はそっちのけで文字1文字単位で執着していたります。鉄道趣味家の皆さんからは果たしてどう見えるのか。たかだか「蘇我」の二文字に、なぜこんな長文になるのかとか・・・はたまた鉄道もサインも興味のない方から見て、どれだけ異様に映っているのか、中々気になるところではあります(笑)。

 というわけで、資料幕だけを拠り所にしながら書いた妄想話ですので、もし「真相は違うぞ」といったご指摘や、誤りなどがあればご連絡いただきたく、宜しくお願いいたします。今回ご紹介した蘇我の側面の版は、古河さんの意向もあって、幕専の「首都圏標準データ」に忠実に新規アウトラインを起こした上で投入されています。関東中電企画データには、我孫子の「我」で投入していますので、オリジナルに近い表記は首都圏標準データに当たってください。

「長ーいお付き合い?」 長の字のデザイン違い

こんばんは。かんりです。今週は作業が進みそうで嬉しいです。
後追い更新が続いていますが、追って埋めていきますので。。

 さて今日の話題は、「長」の字のデザイン違いについてのお話です。国鉄スミ丸書体で作られた方向幕デザインは、まさに津々浦々まで同じデザインが踏襲され、これほど面白い世界はないというほどなのですが、そんな中でも頻出かつ全国に散らばっているものの一つが、この「長」の字。その中でも最も用いられる例が多く、息の長いタイプのデザインからご紹介しましょう。いずれも地域は変われど文字は同じ、新しいものから古いものまで、長々と使われている文字です。

 まずは「長万部」、北海道は渡島(おしま)半島の付け根付近になる駅ですね、北海道山越郡長万部町。

 

長万部

長万部

 次に「長岡」、日本で一番長い川である信濃川の中流付近、新潟県長岡市。

 

長岡

長岡

 「長野原」は現在の「長野原草津口」で1991年(平成3)に名称変更したそうです。群馬県吾妻郡長野原町。

 

長野原

長野原

 続いて、「長山」は鉄道趣味家御用達の飯田線の駅です。南は豊橋から、これより北の新城までは列車の本数も多いとか。愛知県豊川市。

 

長山

長山

 さらに「長尾」は大阪府枚方市の東部、京都との県境付近にある駅です。一駅東へいくと京都府京田辺市の松井山手。

 

長尾

長尾

 どんどん西へ行きます。続くは「長船」、岡山県の旧長船町、現在は岡山県瀬戸内市。刀鍛治で有名ですね。

 

長船

長船

 そして遂に九州は「長崎」もう紹介するまでもない有名な県庁所在地、長崎県長崎市の中心駅。寝台特急さくら、あかつき、の終着駅です。古く鎖国時代は海外に開かれた唯一の窓口だった港、世界歴史にも著名な長崎です。

 

長崎

長崎

いろいろな駅をご紹介しましたが、ご覧下さい、すべて同じ版の「長」を使っています。これだけ広い地域のもので同じ漢字のスタイルを使い続けていたというのがまた面白いわけですが、この「長」の一番最初のものはどれなのだろうと、疑問もでてきます。こちらで収集した資料を見る限りの憶測ですが、たぶんこの14系客車の「長野」が元ではないかと思います。

 

長野行(旧来の行付表示)

長野行(旧来の行付表示)

 一方で、異端とまでは言い切れないものの、風格の違う「長」も一部で細々と使われています。まずは「長浜」。主流タイプと異なるのは7画目の点で、僅かにカーブを描いています。関係ないですが、同じ滋賀県でも長浜城は秀吉ゆかりの観光人気スポットで「ひこにゃん」はいません、ひこにゃんがいるのは彦根城ですから最寄駅は彦根です。東海道山陽線のエースである新快速の東の終着駅としても有名ですが、現在はさらに一部北上して「敦賀」まで運転されています。このページをご覧の方は殆どが鉄道に造詣の深い方ばかりだと思うので、そんなの当たり前とご指摘を頂きかねないですね。

 

長浜

長浜

 次は「長野」。この長野は信州地域の115系のもの。大変面白いのが、こちらもやはり7画目の点に特徴があり、中央の横棒に接しないデザインになっています。また、後日また詳しくやりたいですが「野」のデザインも、前述の「長野原」とは異なっていることがお分かりになりますか。

長野

長野

 この長は単独で存在する異端文字なのかと疑って調べていましたら、実は同じものが出てきました。

 

長門本山

長門本山

長門本山の「長」はまさしくこの文字でしょう。同じ幕のなかに小野田があり、この「野」も前述のものと同じことから、どうやらこのあたりから使いまわされたのか、その逆か。何かしらの関係があると見えます。

小野田

小野田

というわけで話は「長」くなりましたが、今日の話題はこれまで。たった1文字でも、それが違うのであれば理由を探してしまうのもサインフリークの性、なぜだろう?おもしろいなと感じてしまったら、そこがサインフリークへの入り口です。それではまた。